心配性のA氏との退院準備
心配性のA氏との退院準備
A氏が心配性であることは、担当セラピストから聞いていた。退院日が近づくにつれて、A氏のノートには心配なことがどんどん書き出されていった。
A氏は80歳代の女性で、大腿骨頸部骨折で入院した。認知症のご主人と、人工透析を行い休職中の次男さんと三人暮らしであった。ヘルパーさんとA氏とが協力し、ご主人のお世話をしながら家事をこなしていた。A氏の入院を機に、ご主人はショートステイを利用されており、今後は入所となるかどうか、といったところであった。A氏、ご家族共に自宅退院希望があった。初めてお会いした時は、控えめな印象を受けた。
病状説明では、やはり自宅退院方向で、長男夫婦の支援は週末が中心と確認された。A氏の入院中、次男さんは数回入退院を繰り返されたため、ほぼ独居を想定して介入を開始した。課題は内服自己管理と、2種類を1日4回行う点眼薬の管理、排泄では夜間使用するパットの操作となった。そんな中、A氏は2週間から1か月、ショートステイを介して自宅退院方向となることを知らされた。それはA氏にも伝えられていた。訪室するたびに呼び止められ、『診療所を受診するにはどうしたらいいの?予約はいつするの?でも、眼科だけはここに来たいんです。』など、様々な心配事が溢れていた。ショートステイを介せば、少なからず機能は落ちると思うと、私自身も混乱した。心配事を整理するため、ひとまずノートに心配事を書いてくださいとお願いする日が続いた。
介入の方は、内服薬はカレンダー管理を提案し、うまくいっていると思われたが、飲み間違いが発覚。思わぬ検査の実施と処方日の重なりが混乱を招き、飲み間違えたと考えられる。点眼薬は、1日4回のため、A氏と相談し毎食後と寝る前というリズムを考えた。行う順番は、えんじ色のキャップが1番と決めた。しかし、挑戦1回目で、A氏は2種類目の点眼を失念された。『混乱してます。』A氏はそう言った。時折、血圧の上昇があったり、リハビリに消極的になったりすることがあった。途中経過をケアマネージャーへ報告し、退所後は配慮いただけるよう伝えた。私の中にあきらめに近い感情が芽生えたが、ショートステイ後自宅退院するときに、出来るだけA氏の心配事が無いよう配慮することを考えた。それからの私の口癖は、お手紙に書いておきます、となった。もちろん看護サマリーだ。A氏のノートに心配事が増えるたび、相談し対処方法を共に考えた。お手紙に書いておきますのでと伝えると、A氏は『はい、お願いします。』と、安心された。本来、看護サマリーは要点を簡潔にまとめるべきだが、A氏の心配を汲み取っていただけるようそれらの対処方法を書いた。退院日前日、『大丈夫ですか?もう心配事はないですか?』これまでの心配事と対処を再度確認した。退院日当日、A氏はすがすがしい表情だった。最後に、お迎えのご家族にA氏の心配ごとを口頭でお伝えし、A氏は穏やかにショートステイへ向かわれた。
退院後の生活について、患者や家族の心配事は尽きないと思う。しかし、入院中に解決できることばかりではないとも思う。退院後、解決は出来なくとも共に考えてくれる相手がいるだけで安心できるのではないか。新たな生活の中で、患者や家族が困らないよう、心配事を退院後に共有できる相手に伝えることは退院支援の一つだと思う。今回、心配性のA氏のおかげで、ご本人との思いの共有、外部の支援者との連絡の重要性をあらためて学んだ。これからも、患者家族が安心して退院できるよう、心配事はないか、話を聞いていきたい。