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ビール記念日

ビール記念日

ビール記念日

 自宅で倒れているところを発見され入院となった、70代男性Aさん。入院後検査をしたところ、肺癌があり首のリンパ節にも転移していました。今後気道を圧迫し呼吸や食事の摂取が困難になる可能性が高いため、入院をきっかけにずっと疎遠だった姉と連絡を取り、積極的な治療はせず緩和ケアをしていくことを決めました。寡黙であまり自分の意思を表現しないAさんの希望は、「痛いことはしたくない・食事を食べたい」でした。

 入院時はゆっくりですが歩行をし食事摂取も自力で出来ていましたが、徐々に体力が落ち動ける範囲が狭くなっていきました。同時に痰の量が多くなり、食事をするには喉に溜まっている痰を吸引しないと窒息の危険がありました。我慢強いAさんは、吸引をする時決して苦しいとは言いませんが、吸引を嫌がっていることは分かります。

 “どうしたら本人の苦痛が最小限になり、その人らしい最期を迎えられるか”医師や緩和ケアチーム・家族にも相談し、統一したケアが実施できるようにカンファレンスを繰り返しました。

 気道が圧迫されることで呼吸苦や飲み込むことが難しくなり、食事形態も一般食からペースト状の食事へと変更されました。そんな中、看護師は生活の質をあげたいと考え、Aさんのやりたいことを聞きました。すると、普段無口なAさんは「アサ〇スーパードライが飲みたい」とはっきりと言いました。

 その思いを叶えようと、医師やチームの看護師と相談し、御家族にアサ〇スーパードライを購入してもらいました。ごくごく飲めるわけではないので、小さな缶ビールを準備してもらいました。当初ビールを飲むとむせてしまい誤嚥性肺炎のリスクが高くなるので、スポンジで少量舐める程度にしようと考えていましたが、むせてもいいから本人の飲みたい気持ちを大切にしようと、缶ビールをもって飲んでもらいました。缶ビールを持ったAさんの表情はにこやかで、笑顔があふれていました。ビールを飲んだ時表情は穏やかになり、呼吸苦などの苦痛が軽減されたように見えました。

 みんなで写真をとり、その日を“ビール記念日”としました。

 写真にメッセージを添えたカードを作成し、本人と御家族へプレゼントしました。

 ビール記念日から少し経つと病魔は進行していき、苦痛緩和のため麻薬を使用した緩和ケアへと移行し、最期の時を迎えられました。

 お姉さまは「亡くなる前にこんなこともしてくれるんですね」と嬉しそうに写真を見ていました。

 患者様の苦痛の緩和は、治療や看護技術だけではなく患者様のQOL(患者さんの願い)をかなえることで少し緩和できるのではないかと考えています。

 

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