きらり看護
きらり看護
2年目の初夏、私が初めてプライマリーとなったA氏は60歳代、麻薬の導入のために入院された、左胸部にこぶし大の硬い腫瘍がある乳がんStageⅣの方だった。癌による痛みと胸水貯留による息苦しさでなかなか眠れず、自宅では痛み止めが効いている短い時間でタンスに寄りかかって眠っていたという。声をかければにこやかな表情をしていたが、よく俯き加減の姿勢でいたのを覚えている。
麻薬の定期内服が始まり、疼痛評価のためにフェイススケールをプリントしたものを本人の床頭台に貼って参考にしてもらうようにしていたが、A氏は遠慮がちな方で、自分から痛みを訴えることがほとんどなかった。さらに、眉間にぐっとしわを寄せて短く息を吐き、強い痛みがあるのが端から見ても分かるようなときでも「今は痛み、1か2くらいです。ずいぶん良くなりました。」というのだ。スケールを使って分かりやすくしてはいるが疼痛は主観的な物で、人によって感じ方は全く違う。私が思っているほど痛くないのかもしれないし、私が思うより痛いのかもしれない。痛そうに見えるというのは私の主観で、それを本人に言うのは押し付けになるようで気が引けたけれど目の前にいるA氏の顔はずっと険しくて、「でもAさん、今すごく痛そうな顔してますよ。眉間にぐっとしわが寄って、4とか、5くらいの顔に見えます。」そう伝えてみた。「そうなの?そっか、我慢できるくらいなんだけど……麻薬って、あんまり飲まない方がいいですよね?」「そんなことないですよ、むしろ今飲んでる薬がどれくらい効いてるのか見たいので、痛かったら飲んでくれた方がいいです。今が我慢できるくらいなら、薬を飲んだら今度は我慢しなくてもいいくらい痛みが良くなるかも。スキップしても痛くないくらいになったりして。」麻薬を使うことに不安を見せたA氏に冗談も交えて言えばずっと険しかった顔が少し和らいで、「じゃあ飲んでみてもいいですか?」といってくれた。
それから、チームに麻薬使用に不安があったこと、遠慮がちな方なので痛みがあってもなかなか看護師に伝えられないことを共有して、本人の不安点の確認と薬剤師への指導依頼をし、看護師に声をかけなくても自分のタイミングで飲めるようレスキューは本人の手元に1包ずつ先出しして置いておくことにした。その後、私はたまたま連休があり2、3日空いて病院に行くと、すっきりした顔で廊下を散歩するA氏が居た。あの日に見た表情が夢だったかと思うくらい眉間は皴もなくつるんとしていて、「まだ怖いからちょっとしか歩いてないんですけどね。でも今は全然痛くないんですよ。」そう言って笑ってくれた。
先輩が後々教えてくれたことだが、A氏は「痛そうな顔してるって言われてから、自分でこんなに痛かったんだなって思って。無理だとか、痛いんだとか言っていいんだと気づけました」そう言っていたらしい。自分が迷って悩んでかけた言葉がA氏自身の気づきに繋がり、チームで行った看護がA氏の疼痛コントロールに繋がったことがとても誇らしかった。先輩たちに沢山助けてもらいながらのプライマリー看護ではあったけれど、3年目の終わる今でも深く印象に残っていて、自分が看護師として良い関わりが出来たと胸を張って言える出来事だ。それからも私は患者さんと話す中で、自分が患者本人をみて思ったことは伝えるようにしている。患者自身が自分を客観的に見る機会を作り、私自身も患者に対して感じたことを言葉にすることで新しい気づきや看護に繋がるようにこれからも患者と関わっていきたいと思う。