NEWS

私たちにできる小さなこと

私たちにできる小さなこと

私たちにできる小さなこと

2021年、発熱と頻脈をみとめ、A氏はCOVID-19の疑似症患者として感染症病棟に搬送された。実際にA氏はCOVID-19患者ではなかったが、入院当初から看護師に怒声を浴びせ無理難題を要求する易怒性のある患者であった。
ある日、担当だった私にA氏は自分のシャツを洗濯するよう怒鳴り声を上げ騒ぎ始めた。しかし、感染症病棟は隔離病棟であり、室内の物品は室外に持ち出せない決まりとなっている。そのように断っても「洗ってよ」と強要するA氏に対し、窮した私は病室に備え付けてある洗面台に水を張り、その中にシャツを浸して手洗いをした。そして、絞ったシャツをハンガーにかけ、点滴台に吊るして干した。点滴台に吊るされた洗濯物をしばらく一緒に見上げているとA氏の顔から獣のような険しさが消え、目の前の洗濯物しか目につかない、まるで幼児のような純粋さが取り戻されていくのを見て取れた。洗濯をする前の、嵐のような怒声は止み、ただ一緒に洗濯物を見上げる無言の時間を過した後、私は部屋を後にした。
その後師長さんから、「乱暴な患者のその攻撃性もその人の抱える病の一部分であり、避けるのではなくむしろ関りを深めたほうがいい場合がある」と指摘を受けたことがあった。その指摘を受けて、あの時A氏が必死になって求めていたのは、洗濯そのものではなくわざわざ自分のためにシャツを手洗いしてくれる温かい関りだったのだ、と回想するようになった。
そのようなA氏との関りをとおして「世界で一番恐ろしい病気は孤独である」と語るマザーテレサの言葉を実感した。
さらに続けてマザーテレサは次のように語る。「私達はこの世で大きなことはできません。私達にできることは小さなことを大きな愛をもって行うだけです」と。あの時はA氏に脅され、苦し紛れにシャツを洗面台で手洗いし、点滴台に吊るしてあげた行いが、マザーテレサの語る「私たちにできる小さなこと」につながることになるのでは、と今では思う。

 

わたしたちと
一緒に働きませんか?